出力装置鮭

観たもの読んだものの感想しかない

架空感想文 1冊目『足の裏が伸びない』

 

 

Q:架空感想文とは?

A:架空の本のタイトルをもらい、勝手に内容を想像しながら感想文を書く遊びである。

※書名・作者名・内容、挙句の果てに今回は感想文の書き手もすべて妄想です

 

 

『足の裏が伸びない』(苗田ハイチ 著)

 

少し前に自宅でペペロンチーノを作ろうと思ったのだが、見事に失敗してしまった。薄味の中に辛さが効いたあの繊細な味は、絶妙なバランスの上に成り立っていたのだと実感した。

その日の夜に苗田氏がインスタにあげていたペペロンチーノは、いつもよりも美味しそうに見えた。

 

『足の裏が伸びない』はグルメライターの苗田氏が出している路地裏グルメ雑誌「MeNew」の人気コラムを集めた本である。

 

紹介されたメニューの再現レシピのコーナーには私もかなりお世話になっていたので、このような形でまとまって嬉しい限りだ。下北沢ペペロンチーノの作り方も載っていたので、早速明日作ってみようと思う。

その他にも、隠れ家カフェの店主インタビュー、こだわり内装、予算別マップなど「MeNew」ファン垂涎の本となっている。迷う間もなく買いの本だろう。

 

 

以前、苗田氏とお仕事をさせてもらったとき「大通りは地面からもう美味しいんだ」と苗田氏は言っていた。そのときは意味が分からなかったが、この本のあとがきを読んで、ようやく理解した。

 

高校の現代文で鷲田清一の「身体、この遠きもの」を読んだ。当時は「身体は皮膚を超えて伸縮する」という主張に目から鱗を落としながら首をひねったものだ。頭では理解してその新たな視点に感動したが、日常でそれを意識的に感じることはなかった。

やっと、いま、苗田氏を通じて私の身体は空間的に広がったのだ。

 

お昼時に大通りを歩いていると、蕎麦屋やらイタリアンやらの看板が目に飛び込んでくる。無意識に眼が食事を求め始めているのだ。

次に食事を意識すると、辺りに空腹を刺激するにおいが漂っていることに気付く。

それから頭が「ああ、腹が減った」なんて遅れて食事の支度を始める。身体中の神経に「昼飯を選べ!」と偉そうに命令をする。

そうして”私”は目的の店へと足を向けるのだ。

 

身体が食事を意識し始めた時点で食事は始まっている。「今日はパスタの口なんだ」とよく言うように、ものを食べる前から身体はすでに味わっているのである。

 

「地面からもう美味しい」の「地面」とは、食事に向かう足取りのことだったのだ。

 

そう思うと確かに、何を食べようか、などとウキウキしながら店選びをしてぶらつく瞬間は、この上ない食事体験と言えよう。

 

 

しかし、今作は「足の裏が伸びて」いない。

 

何故か。

その答えが件のあとがきだ。

 

『足の裏が伸びない』を読んだ方々はもう解っていると思うが、この本は「路地裏」だけにフォーカスを当てたグルメのコラム集である。

歩いているだけで美味しいのが大通りなら、路地裏はどうだろう。

 

苗田氏の答えは「自然の流れが存在しない。だから美味しい」だ。

 

以下はあとがきの一部引用である。

何故ぼくが路地裏グルメ雑誌をつくり始めたかというと、路地裏には自然の流れが存在しない。だから美味しい。そう思ったからだ。

たとえば、人の往来が多い場所は必ずごはん屋が集まる。人は吸い込まれるように自然とそこに入る。大通りはだれもが想像できる味なんだ。

一方で、路地裏は入り組んでいて見つけにくいお店が多い。だからぼくは歩いてお店を探さなきゃいけない。足の裏が自然と味につながっているわけじゃない。でも、最初から足がお店へと伸びていないからこそ、複雑な想像の味が生み出される。ぼくはそう思ったんだ。

 

 

食事とは一連の体験である。

ただものを咀嚼するだけではなく、想像力や身体状態も組み合わさってはじめて一つの経験として消化される。

 

重要なのは物質の味ではなくて、空間丸ごとの味なのだ。

 

昨夜の不味いペペロンチーノも、”美味しい”経験に違いない。

 

 

 

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コロナ自粛期間の遊びとして、架空感想文の題を募集しています!

どんな題でも架空の本にするので、暇な方はぜひ一緒に遊びましょう。

 

 記念すべき第一回はいつもの友人から天才的なタイトルをもらいました。