架空感想文 8冊目『ランゲルハンス島に行ってみた』
『ランゲルハンス島に行ってみた』(たまごプープ 著)
人間関係を計る基準として、「沈黙に耐えられるかどうか」は広く知られた判断材料である。
私自身は沈黙が苦手なので、沈黙に耐えられるようになれば仲の良い友人になったと、勝手に思っている。
どれくらい沈黙が苦手かというと、独りでいるときも音のない空間に耐えられずに何かBGMをかけてしまうくらいだ。(環境音は無音扱い)
ただ、「音のない音」は好きであるからこの話は困難を極める。
「音のない音」とは所謂オノマトペで、雪の「しんしん」降る音、「シーン」とした夜のことだ。
あのなんとも言えない自然の音が良い。
『ランゲルハンス島に行ってみた』はたまごプープさんの病気エッセイである。
自身の過去に罹患した病気を、虫歯・気管支炎・盲腸・肝炎・糖尿病など、小さなものから大きなものまで臓器ごとにコメディチックに描いている。
表題の「ランゲルハンス島に行ってみた」は膵臓の章のタイトルである。
ランゲルハンス島とはハワイのような海に浮かぶ島のことではなく、膵臓を構成する組織のことである。
このランゲルハンス島の中の細胞が、有名なインスリンを分泌している。
筆者は糖尿病だと診断されてから、膵臓の仕組みを学び、生活習慣の改善までをこの章で綴っている。
だが、暗くなるのではなく、夫の買ってきたたらこを見て「膵臓はほぼたらこだわ」と気付いたり、ランゲルハンス島の話を聞いた娘が海外旅行に行くのかと勘違いしたりと、明るく少しずつ前進している。
私のお気に入りは肝臓の章だ。
肝臓は「沈黙の臓器」と言われている。病気が重症化するまで自覚症状が出ないのが所以だ。
肝臓の章はベトナム旅行から帰ってきたところから始まる。
腹部の違和感と全身の倦怠感を覚えた筆者は、旅行の疲れが出たのだと思い一日寝込むことにした。
目が覚めると、状況がちっとも改善していないのに加えて身体に黄疸が出ていることに気付いた。
咄嗟に肝硬変だと思った筆者は(父が肝硬変を患っていた)、夫に肝臓病で症状が出たので長生きできないかもしれないと告げる。
翌日病院に行ってみると、肝硬変ではなくA型肝炎だと診断され、ひと安心した筆者は帰宅後リビングでうたた寝をしてしまう。
騒がしい音で目を覚ましてみると、妻が死んでいると勘違いした夫がパニックを起こしてべそをかきながら救急車を呼んでいた。
そんな話だ。
状況的にはまったく笑い事ではないのだが、近くの悲劇も遠くから見れば喜劇なのだ。
ぽかんと口を開ける筆者と、ほとんど泣きながら電話をかける夫の対照が面白い。
沈黙は時にドラマを生む。
友情の深まり、外に降り積もる雪、ちょっとした勘違い。
感情のスパイスだ。
だが、沈黙は重いものだ。
無音で中耳炎になりそうなときは、そっとイヤホンで好きな音楽を流すと良い。
※書名・著者名・内容すべて妄想です
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お題のセンスに手を叩いて喜んでしまった。
ランゲルハンス島とかゴルジ体とかマイスネル小体とかね。みんな好きよね。私も好き。
前説が終わったところで、沈黙の臓器が膵臓ではなく肝臓だと気付いて急遽ルート変更を図った。